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伝統工芸を知るのに努力は必要? 職人との世界に飛び込んだ2人の答え | 河野 涼×大河内 愛加 対談

伝統工芸・伝統文化の未来について、renacnatta(レナクナッタ)代表、大河内 愛加が対談を繰り広げる企画も第3回を迎えました。

今回のテーマは「伝統工芸を知り、親しむのに努力は必要なのか」。伝統工芸は、家業の継承やその道一筋の職人の手により受け継がれることの多い世界。異なるキャリアやスキルを持つ人が携わる例は、さほど多くはありません。

そのせいか、多くの方に「敷居が高い」「どう接したらよいか分からない」と思われがちな側面があるのも事実です。レナクナッタがストーリーのあるアイテムづくりにこだわるのは、その垣根を超えてゆきたいから、という思いもあります。

「伝統工芸」が抱える敷居の高さ。この難しいテーマを一緒に紐解いてくれるのは、日本のモノづくりの魅力を伝えるプロジェクト「JAPAN MADE」編集長、河野 涼(かわの りょう)さんです。

クリエイティブディレクターやフォトグラファーなど多彩な顔をもつ河野さんは、本企画第2回の写真撮影を担当。京都の老舗提灯店「小嶋商店」にてクリエイティブ関連のサポートをしつつ、自ら提灯づくりに挑戦する人物でもあります。

伝統工芸とはまったく違うバックグラウンドを持つなか、その世界に飛び込んだ2人の目に映る伝統工芸の世界とは。また、その魅力や奥深さを知るために「努力」は必要なのでしょうか。

伝統工芸とのコラボアイテムが並ぶレナクナッタの事務所にて、2人の対談からその答えを探りました。

河野 涼(かわの りょう)さん
hyogen LLC.代表。フォトグラファー、クリエイティブディレクター。日本のモノづくりや工芸、文化、人について伝えるプロジェクト「JAPAN MADE」編集長として多角的な視点で全国の職人、工房と関わりながら情報を発信。クリエイティブなジャンルで活躍しながら京都の老舗提灯店・小嶋商店にて提灯づくりに携わる。(@ryokawanophoto



職人の世界に身を置くことで、見えてきたもの

大河内:私たち共通点が多いですよね。河野さんは東京、私はミラノから京都へ移り住んで、今は伝統工芸を伝える仕事をしていて。

河野さん(以下敬称略):そうですね。京都は工芸やモノづくりにまつわる歴史が深く、それらに触れる機会も身近にある街。もともと京都が好きだったこともあり、今は東京にはない景色を日々楽しんでいます。

大河内:とはいえ、さすがに自分が工房に出入りして修行をする姿は想像できないなぁと。そもそもなぜ、工芸を作る側に挑戦しようと思われたのですか?

河野:もともと「スペシャリスト」への憧れが強かったんです。インターネットの業界へ足を踏み入れたのも、日々新しいものが生み出されるジャンルなら自分が第一人者になれる可能性が高いのではと感じたから。

「JAPAN MADE」はモノづくりや職人さんにフォーカスし、その背景を伝えたいという思いから立ち上げたプロジェクトです。工芸や文化に携わるうち、古きよきものを掘り起こすこと自体がそもそも新しいのではと、その魅力にどんどんはまっていきました。

立ち上げから2年経つ頃には「自分も工芸を作る側に挑戦したい」と心に決めるほどになっていました。小嶋商店さんには昨年からお世話になっていますが、今でも職人への憧れは強く感じています。


小嶋商店の様子(河野さん提供)

大河内:全国の工芸に携わってこられた河野さんが提灯屋である小嶋商店さんを選んだ決め手はなんだったのでしょう?

河野:決め手は「モノ」ではなく「人」です。竹や和紙を素材とする提灯に惹かれたのはもちろんですが、職人である小嶋さんたちがとにかくかっこよかったんです。家族経営で竹割から絵付けまで、すべてを手掛けていることも魅力的に映りました。

週に1度通いながらもうすぐ1年。これまで10個ほど提灯を作らせていただきましたが、構造を知ることで、より愛情深く提灯に接することができるようになったと感じています。

大河内:いいですね、河野さんの提灯。私も欲しいです。

河野:ありがとうございます。でも職人技を間近にすると、とてもじゃないけど自分の提灯に値段は付けられないですよ。もう、魔法です。職人の手は。どうしたって同じようにはできない。技術のみではなく「常に挑戦し続ける」という飽くなき探求心にも感銘を受けています。

大河内:レナクナッタがご一緒する職人さんも同じです。西陣織で日傘を作ったときも、織元さんの探求心がものすごくて。生地の厚みや遮光性などの条件をクリアするために何度もサンプルを製作したうえで、色や柄など私の難しい注文にも耳を傾けてくれました。

河野:工芸は精神性、なんですよね。ただ良い品が作れればいいわけじゃない。その人の姿勢が作品や商品に現れる。工房の世界に身を置くことで職人の素晴らしさを改めて実感しています。


「努力」よりも大切なのは、ストーリーを楽しむ興味と実感

河野:大河内さん自身は、ミラノから京都に移り住んだことで仕事や心境に変化はありましたか?

大河内:扱うアイテムの内容が変わりました。ミラノで作っていたのは、デッドストックの着物とイタリアンシルクを組み合わせたリバーシブルスカートです。京都に来てからは、伝統工芸の職人さんとの出会いをきっかけに、素材から作り上げるレナクナッタの新たな柱が生まれました。

河野:まさに今回のトークテーマになりますが、そこに努力はあったのでしょうか。いわゆる伝統工芸への理解や知見も必要だったのではと思います。

大河内:「努力」と感じたことはないですね。すべてが「もっと深く知りたい」という率直な思いからくるものでした。

ただ、工芸の価値をお客様に伝えるためには、そのバックグラウンドについての理解が必要だと考えています。ワンピースひとつとっても、どんな職人さんがどんな技術で作ったものなのか。その工芸がこれまでどんな歴史を辿ってきたのか。ストーリーを知ることで、モノに対する価値観や見え方はまったく異なると感じているから。

河野:物事の背景を知ることは大事ですよね。場所も食べ物も、そしてモノづくりも。そのストーリーを知ることで体験価値はまったく違ってくる。

そのうえで「努力」という観点に立ち返ると、自分も大きな努力をしているという感覚はないかもしれません。ただ、職人さんとのコミュニケーションはとにかく大事にしています。

大河内:わかります。私もコミュニケーションの重要性は痛感しています。職人さんとお話するときも「何もわからないけどとにかく知りたい。教えてください」という気持ちで正直に接しているんです。それが相手にニュートラルに受け入れてもらえる理由になっているのかもしれません。

河野:僕も職人さんと接するとき、取材するときはとにかく質問を投げかけます。それはただただモノづくりの世界に触れたい、感じたい。知りたいという思いが自分のなかにあふれているから。その気持ちがあるからこそ職人さんとの間に対話が生まれ、第三者へ工芸の魅力が伝えられるのではと感じています。

2021年には渋谷でアートイベントを開催したのですが、そこへ足を運んだ高校生が工芸品を「かわいい」と言ってくれたんですよ。職人と現代アーティストのコラボレート作品だったのですが、アート×工芸という切り口だからこそ彼らに魅力が届いたのかなと。開催した意義と喜びを感じた瞬間でした。

大河内:まずはそうやって知ってもらうことが大切ですよね。それはお客様に「伝統について知る努力をしてください」ということではなくて。レナクナッタをフィルターにして身に纏うこと、体験することで楽しく伝統工芸の良さを実感してほしいという気持ちがあります。

今年の6月にお客様へのサンクスツアーを開催したのですが、ただ見学するだけでなくワークショップを開いたり、職人さんとのランチタイムの時間を設けたりしたのも、そんな思いがあったからです。お客様の生の声を聞くことは、職人さんの喜びにもつながります。そうした伝統工芸との出会いの場を創出することが、まずは大事なのかなって。


「言葉の重み」を取り払うとクリアに見える、文化の姿

河野:そもそも「伝統工芸」という言葉の重みが、良くも悪くも敷居の高さを感じさせているのかもしれません。伝統といえば古くからあるもの。だから格式の高いものなんじゃないか、知るために努力しなくては、と。

大河内:伝統工芸=古いというイメージが強いと、自分たちには縁遠いものと捉えてしまいがちですよね。

河野:全国の工房をまわり多くの職人さんと接してきて思うのは、職人と呼ばれる人も、自分たちとなんら変わらないということ。自分に興味や好意をもたれることに嫌な思いをする人は少ないでしょう?

敷居が高いと初めからフィルターをかけるのではなく、まずは素直な気持ちで工芸に関わってみたらいいんじゃないかな。自分の国の文化っていいな、かっこいいなって。そんな感情は巡り巡って自己肯定感を高めることにもつながると思うから。

大河内:本当ですね。ミラノにいた頃は、日本の良さをイタリアの人に知ってもらいたいと感じていました。でも京都に来てからは、日本の人にこそ、その良さを知ってもらいたいと思うようになった。

特に自分と同世代の人たちに、自分の国にはこんなに素晴らしいものがあるんだよと伝えたい。河野さんの言うように、それがレナクナッタのアイテムを手にした人たちの自己肯定感を高めることにつながるのなら、とてもうれしいことだなと感じます。


誰もが自分なりのアプローチで、伝統工芸を継いでゆける

大河内:今度、小嶋商店さんに伺って提灯を間近で見てみたいです。

河野:ぜひ。実は建物の老朽化もあり、工房は本年中に取り壊す予定なんです。リニューアルオープン後は工房兼ショップにして、体験の機会も設けるなど小嶋商店として新たな、そして大きな一歩を踏み出す予定でいます。

自分としては、その様子も写真や映像として収められたらと思っています。今の建物は工房であると同時に、家族の長年の思い出が詰まった場所でもあるから。

大河内:それができるのも河野さんだからこそ、ですよね。小嶋さんも心強く感じてらっしゃるんじゃないですか?

河野:そうですね。僕が職人業を勉強したいと相談したときも「河野くんが東京や今までの仕事で培ってきたものを小嶋商店で活かしてくれればうれしい」とおっしゃってくれました。僕が来たタイミングで建て替えが決まったのは運命だと感じています。

大河内:なかなかいないと思います。職人のところへ通いながら別の仕事もしている人。

河野:僕はそういう人がもっと増えたらいいと思っているんですよ。そういった人が増えることが工芸の敷居を低くすることにつながるのかもしれないと。

ライターでもフォトグラファーでも、広報やPRに携わる人だっていい。よく「知らない世界に片足をつっこむ」なんていうけど、片足以下だっていいんです。自分なりの方法で工芸に関わっていけたらいいんじゃないかな。

大河内:自分のスキルを活かしながら伝統工芸の中に入り、つないでいく…いいですね。今までになかった発想です。1人でもそんな人が増えたら、周囲への影響力は大きなものになっていきそう。

河野:そうなんですよ。それがしやすいのも、京都という街ならではの強みだと思うんですよね。

大河内:工芸やモノづくりが身近にあって、海外の人たちと触れ合う機会も多い。本当に多くの可能性を秘めた街だなと感じています。

河野:大河内さんがそう感じるのも、これまでのバックグラウンドがあるからこそですね。ミラノで暮らし、日本の良さに気付き、今は京都でその素晴らしさを日本の人たちへ伝えようとしている。今後もぜひ何らかの形で関わっていけるとうれしいです。

大河内:ぜひ。河野さん、そして小嶋商店さんと日本のモノづくりの未来について探っていけること、今後も楽しみにしています。

小嶋商店
江戸寛政年間創業。代々伝わる製法をベースに時代に沿った新たな伝統を継承。頑丈かつファッション性に富んだ提灯は、国内のみならず海外からも高い注目を集めている。
・住所 京都市東山区今熊野椥ノ森町 11-24
・電話 075-561-3546
・公式サイト https://kojima-shoten.jp/


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執筆:永田 志帆
撮影:小黒 恵太朗
編集:吉田 恵理

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