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伝統を残すための「革新」とは?守るものと変えるもの | 近藤健史×大河内愛加 対談

renacnatta(レナクナッタ)代表、大河内 愛加が伝統工芸の未来について対談を繰り広げる本企画。

長い年月をかけ、多くの人の手で育まれてきた伝統工芸の技と歴史。次世代に残すためには、ときに時代に沿った変化が求められます。一方で、代々受け継がれてきたものを変えることは決して容易ではありません。

今回のテーマは、「伝統を継いでゆくための革新」。伝統的なものづくりに携わる上で、何を変え、何を守り残すべきなのか。対話を通して紐解いてゆきます。

対談のお相手は、京都の甘納豆店・斗六屋(とうろくや)四代目、近藤 健史さんです。近藤さんは昭和元年から続く甘納豆屋の価値観をそのままに、大胆なリブランディングを実行。種と糖だけで作るタイムレスな菓子「SHUKA(種菓)」という新たなジャンルを誕生させました。

またリブランディングの1年後、2023年には種から作る新感覚の植物性ジェラート「SHUKA gelato」の発売を開始するなど、甘納豆という伝統を繋いでゆくための革新を次々と行っています。

それぞれの立場から伝統を新たな形へと書き換え、次へとつなぐ役割を担う2人。イタリアという意外な共通点が引き寄せた縁に思いを馳せながら、伝統工芸を未来へ継ぐための「革新」について語り合いました。

近藤 健史(こんどう たけし)さん
京甘納豆処・斗六屋4代目。京都大学大学院で微生物を研究した後、滋賀の老舗菓子店「たねや」に就職。2016年に斗六屋に入社し、2022年10月、古くて新しい種の菓子ブランド「SHUKA」をオープン。「種を愉しむ」をテーマに事業を展開中。趣味はイタリア語。(@torokuya4th


いつかなくなってしまう。伝統を受け継ぐなか抱いた危機感

大河内:お話の場として今日はSHUKAのコンセプトショップをお借りしていますが、天窓から射す自然光が明るくて心地いい空間ですよね。こちらでお話するのは去年の6月、京都の和菓子「水無月(みなづき)」を買いに伺ったとき以来。

近藤さん(以下敬称略):そうでしたね。大河内さんが「どの店も水無月が売り切れ」とポストされていて。うちにはありますよとお声がけしたのがきっかけでした。

大河内:SNSでは繋がっていたけど、直接お会いしたのはその時が初めて。近藤さんは私の投稿に「Bello!(美しいですね!)」などイタリア語でリアクションをくれる、京都の和菓子屋さんという存在でした。

近藤:イタリア好きなものだから、大河内さんの存在を知ったときはうれしくて。伝統に携わっているという共通点もあったし、いつかお会いできるだろうとは思っていました。

大河内:実は行きつけの美容院でいただくお菓子がSHUKAさんのものだったんですよ。近藤さんにお会いする前からお菓子は毎月、口にしていたんです。

近藤:ご縁があったようでうれしいです。大河内さんはクールなイメージだけれど、想いが強い方なんだろうなとお見受けしていました。ほら、炎って青い部分の方が温度が高いでしょう?そんなふうに、冷静に見えて熱い気持ちをお持ちの方なんだろうなと。

大河内:ありがとうございます。近藤さんも、家業を継がれSHUKAのオープンと精力的に活動されていますよね。甘納豆は身近なお菓子、というイメージですがどんな歴史があるのですか?

近藤:甘納豆が誕生したのは江戸末期。和菓子の歴史のなかで一番最後に誕生した、ある意味最新の和菓子なんです。ハレとケでいうと、ケの存在。日常的に誰もが食べられるお菓子として考案されたといわれています。

大河内:斗六屋の甘納豆は地元の方にも販売されていたんですか?

近藤:地元では年配の方々が歩いて買いに来てくださっていました。ありがたく思う反面、いつまで通ってくださるのか、若い方にも知っていただかないとこの先継いでいくのは難しいのではという不安もありましたね。

家業が続くのか…曾祖母の代から続いたこの店がこのままではなくなってしまうかもしれない。接客をしながら感じた危機感がSHUKA誕生のきっかけであり、リブランディングするうえでの大きな課題でもありました。


伝統を継承する上で「残すべき」ものは何?

近藤:どうぞ召し上がってください。種と糖だけで作った「種菓」です。製造には甘納豆と同じ、古来の食品保存技術「砂糖漬け」の製法を用いています。一番左は斗六豆(とうろくまめ)。ピスタチオに小豆…一番右は春限定の苺です。

大河内:どれも素材の味がダイレクトに感じられておいしい。特に苺。一見ドライフルーツのようだけど、まったくの別物ですね。種のつぶつぶ感と程よい瑞々しさも感じられて。

近藤:ありがとうございます。まさに「種」の存在を感じてもらいたいと作った商品なので、そう言っていただきうれしいです。

大河内:甘納豆からこのお菓子に辿り着くまで、リブランディングは難しいことも多かったのではないですか?

近藤:伝統を受け継ぐうえで「何を残すか」は重要かつ難しいポイントでした。SHUKAでは甘納豆がもつ価値観の継承を大切にしています。甘納豆は、素材の色や形を残すお菓子です。自然を尊重して作るお菓子、といえるのかもしれません。その自然を尊重する価値観がSHUKAを通して伝わるのなら、「甘納豆」という名前へのこだわりも必ずしも必要ではないのでは、と考えています。

大河内:たしかに、SHUKAの商品には「甘納豆」という言葉が使われていないですよね。伝統を守り受け継ぐなかで、その名前を使わないというのは思い切った決断だなと感じました。

近藤:当初は「甘納豆」という名前も含め、次世代へ残すことに意義を感じていました。ただ、本当の意味で伝統を次へつなぐのであれば、もう一歩踏み込み、甘納豆のイメージそのものを変える必要があるのではと思ったんです。

本当に残したいのは、名前ではなく甘納豆の価値や精神性。そこから生まれたのがSHUKAであり「種菓」という新しいジャンルのお菓子でした。

大河内:近藤さんの甘納豆やSHUKAへの想いに、レナクナッタとの共通点を深く感じています。レナクナッタがアイテムを作るうえで大切にしているのは、伝統技術をなるべくそのまま残すこと。これまで受け継がれてきた価値観や職人の技術を尊重しつつ、新たな嗜好やニーズにあわせてデザインし、アイテムをアップデートすることです。

たとえば、金彩作家とコラボレーションしたコレクションでは“筒描き”という伝統技法を守りつつ、イタリアンシルクにあわせた柄を手描きで施しました。先日発表したローマ字書体を描いたヘアリボン「Kinsai Hair Bow」も、京都の伝統工芸である金彩を現在に寄り添う姿へとアップデートしたものです。


左:伝統的な図柄の金彩 右:renacnattaが手掛ける「Kinsai Hair Bow」

近藤:レナクナッタのアイテム、とてもお洒落で素敵だなと拝見しています。SHUKAもデザイン性は大切にしていて、時代の変化に沿うよう過度な装飾を省いた結果、今の姿に至りました。

大河内:ありがとうございます。デザインは伝統技術が引き立つよう、引き算の考えで設計しています。そのあたりも、SHUKAの考えと似たところがあるのかもしれませんね。

近藤:僕はどこかに「店も生き物」という考えがあるんですよ。大学時代に微生物の研究をしていたからかもしれません。次世代に残るため、環境の変化にあわせ適応していく。伝統もまた、生き物の進化論と同じ道を辿っているのだと感じています。

時代の適正ラインのようなものがあるとしたら、僕はただ「時代」と「甘納豆」との間にあった大きな距離を縮めただけ。大河内さんも僕も伝統を次へ残すため、一見新しいようでありながら、いたって普通のことをしているだけなのかもしれないですね。


イタリアから学んだ、歴史や文化を誇りに思う心


砂糖漬けの副産物であるシロップ。これをジェラートにアップサイクルしている

大河内:家業を継ぎ、リブランディングまで手がけてらっしゃる近藤さんが微生物の研究をしていたのは意外です。

近藤:そうやって遠回りしたぶん、自分は作り手ではあるけれど、どこかアウトサイダーな存在であるとも感じています。大変なことや辛いこともありますが、だからこそ見えるものもあるのかな、と。

大河内:近藤さんが作り手なら、私は作る人と買う人との間に位置する存在です。双方の架け橋でありたいと思っています。伝統工芸に携わる方たちの、助け船のようなブランドでありたいと。

そう思えたのは、横浜からイタリアへ移り住んだ経験のおかげでもあります。13年間のイタリアでの暮らしの中で自然と学んだのは、歴史や文化と共存し生活することでした。でも帰国したとき、新しいものだらけの日本に少し寂しい気持ちだったんです。ちゃんと目を向ければ、古くて良いものはたくさん残っているのに。

近藤:イタリア人にとって、古き良きものは自分たちの誇りでもありますよね。ローマにホームステイをしたとき、イタリア語がわからない僕でも彼らが地元について熱く語っているのは肌で感じられました。

一方で自分は、大好きな和菓子や家業について彼らのように語ることはできなかった。地元の文化に誇りをもち、家族との暮らしを大切にしていく。彼らの生き方はすごく魅力的で、家族のもとに戻り家業を継ごうという当時の気持ちを後押ししてくれたんです。

大河内:その感覚、とてもよくわかります。私もミラノに住んでいるころは日本の魅力を伝えきれなかったから。そもそもイタリアは、個々の街がひとつの国になるまでの歴史が長いですよね。だからローマ人はローマに、ミラノ人はミラノに愛着をもち、そこで暮らす自分に誇りをもっている。

私はミラノで暮らすまで横浜にいたのに、その歴史や文化について語ることができなかった。だからこそ、日本の伝統文化を知ろう、話せる人になろうと決意できたのだと思います。今はレナクナッタを通じ、伝統工芸の魅力がより多くの人に伝わればという想いを強く感じています。


自分の信じる道が、伝統の可能性を広げていく

大河内:SHUKAのジェラートをいただくのは初めてです。それも全種類、うれしい。

近藤:ピスタチオに斗六豆、カカオとすべて“種”で作ったジェラートです。ベースは牛乳ではなく豆乳。南禅寺のお豆腐屋さんから濃い豆乳をわけていただいています。

大河内:豆乳がベースだからかな。こちらも素材の味がダイレクトに感じられます。ジェラートもイタリアならではのスイーツですよね。

近藤:イタリアへ行ったとき、そのおいしさに魅了されて。なによりジェラートなら、日本だけでなく海外の方にも伝わりやすいでしょう?さらに小さな子どもからお年寄りまで、どの世代でも食べやすい。“種を愉しんで”もらいたい、種に関わる人を増やしたいというSHUKAの理念にぴったりのスイーツなんです。

大河内:最初は「甘納豆」という名前にこだわっていた近藤さんが、「何を残すか」を考えて削ぎ落とした結果、種からジェラートを作るところまでたどり着いたのは、すごく面白いですね。

近藤:種は土へ落ちたり、鳥が食べて運んだりといった自然の摂理のなかでつながれていく。甘納豆はそんな種の素材の色、形、食感を大切にしていて、「自然を尊ぶ菓子」だと感じています。このスタンスをSHUKAの軸としていて、それさえあれば色々とチャレンジしてもいいのかなって。

大河内:ブランドの軸がしっかりしていると視野が広がっていきますよね。レナクナッタも同じです。ブランド名が「使われなくなった」ものに由来しているので、当初はデッドストックしか使用できないと自分で可能性の幅を狭めていました。

でも今は、着られなくなったものや作られなくなったもの、すべてが自分に通ずるのだと考えています。それは「れなくなった」というブランドの軸があるからこそ。ともするとネガティブなイメージを持つものたちに、光を当てられる存在でありたいと思っています。

近藤:文化として忘れられていく、食べられなくなったという視点でいうと、「甘納豆」もまさにそうですよね。

大河内:食への興味も大いにあるので、いつか何かのかたちでSHUKAさんとコラボレーションできたらうれしいです。

近藤:ぜひ。将来的には「SHUKA Village」のような、種と生きる場所を作れたらなと考えているんですよ。豆を植えて、食べて、暮らすように過ごす場所。お互いジャンルは違うけれど、色々な面で関わっていけたらいいですね。

大河内:そんな場所があったら楽しそう。伝統に携わるものとして、いろんな可能性を探っていきましょう。

SHUKA
古くて新しい種の菓子(種の砂糖漬け・ジェラート販売)。2階にカフェスペースあり。種菓はお茶だけでなく、コーヒーやワイン、ウイスキーなどとのペアリングをたのしめる。常温で日持ちするので手土産や贈り物にも。
・住所 京都府京都市中京区壬生西大竹町3-1
・電話 075-841-8844
・営業時間 (火〜日) 11:00〜17:30 (2F Cafe L.O.17:00)
・店休日 月曜
・公式サイト https://shuka-kyoto.jp/

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執筆:永田 志帆
撮影:Ryo Kawano
編集:吉田 恵理

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