振袖は、一生着られる。イタリアでの出会いが導いた、新しい手描友禅の着物 | renacnatta STORY

2016年のブランド設立以来、さまざまな伝統工芸とのコラボレーションを手掛けてきたrenacnatta(レナクナッタ)。これまでスカートやジュエリー、バッグなど現代のライフスタイルに寄り添うアイテムを多数展開してきました。
そして2024年8月、着物のコレクションが誕生。これは、レナクナッタ代表・大河内の「伝統工芸の技術を今のライフスタイルに合わせるだけでなく、伝統ど真ん中である着物で勝負をしてみたい」という強い思いから始まった新しい挑戦でした。
構想から約3年の歳月を経て完成したのは、一生に一度の晴れ舞台を彩り、袖を切ることで年齢を重ねても長く愛用いただける「一生着られる振袖」。そして、職人の手仕事を知り、文化を纏う訪問着「連なる伝統が織りなす着物」のふたつの着物です。


振袖と訪問着は、同じデザイン。本コレクションの軸となる振袖を作るにあたり、“何歳になっても馴染むタイムレスなデザイン”を追求したことで、幅広い年齢の方に纏っていただける一枚が完成し、このような展開が可能になりました。
この着物の構想から大河内に寄り添い続けたひとりが、京友禅伝統工芸士の細井 智之さん。レナクナッタが誕生する以前から親交のあったふたりが、満を持して取り組んだアイテムでもあります。

「一生着られる振袖。このコンセプト自体を思いつく人はいても、着物業界では挑戦する人は多くありません。大河内さんはそこに真っ向から勝負をして新しい価値を作ってくれました」
細井さんの言う通り、この着物は一筋縄では完成してくれない、とても難しいアイテムでもありました。
そんな難易度の高い振袖に、なぜ大河内は情熱を注ぎ続けたのか。そして、細井さんとどのようにして出会い、一緒に着物の完成までたどり着いたのか。意外なことに、そのきっかけはイタリア・ミラノにありました。
「一生着られる振袖」が形になるまでの物語と共に、ふたりの着物への思いをお届けします。
着物業界の常識を覆す「一生着られる振袖」への挑戦

レナクナッタ初の着物を作るにあたって掲げたのは、「一生着られる振袖」というコンセプト。振袖は本来、未婚女性の第一礼装であるため、残念ながら年月を重ねて長く着続けることは現実的ではありません。
日本には成人式という伝統衣装に触れるチャンスがあるのに、成人式で纏う振袖を長く着用できないことで着る機会も数えるほどになってしまう……それは、もったいなさすぎる。
大河内は、自身が暮らしたイタリアを思い返しながらそう考えました。イタリアではものを生涯大切にする習慣が根付いています。たとえば、多くの女性が若い頃に毛皮のコートを購入し、丁寧に手入れをしながら、何十年にもわたって大切に着続けたりします。
イタリアの生活を通して大河内自身に染み付いた、美しいもの、本物、そして長く使えるものを尊重する心は、レナクナッタというブランドの軸でもあります。振袖の制作と向き合ったときに、「一生着られる」というアイデア自体は、すんなりと決まりました。
しかし、掲げたアイデアを形にするのは想像以上に難易度の高いものでした。成人式という晴れ舞台で映える華やかさと、袖を切った後も末永く愛用できる落ち着きをいかにして両立させるのか。細井さんと、同じく着物の監修をお願いしていた金彩職人・金彩作家の上田 奈津子さんと共に何ヶ月も、数え切れないほどデザインの相談を重ねていきます。
そして最終的にたどり着いたのが、「雲」をあしらい空のうつろいを表現するデザインです。

「大河内さんから雲のアイデアを聞いたとき、僕の中ではもう完成図が想像できていて。とても綺麗な着物になる確信がありました」
雲は、昔から友禅のモチーフにもなってきた古典柄。そこに今までにない新鮮な配色や、贅沢な5色のグラデーションが組み合わさり、レナクナッタらしい一着となりました。
「成人式用の振袖が訪問着にもなるデザインというのは、なかなか成立しないんです。大河内さんはそこに真っ向から勝負をして新しい価値を作ってくれたと思いますし、本当に貴重な着物ができました」
この着物で雲の美しさを表現するのに欠かせないのが、手描友禅で使われる「胡粉」という顔料です。「胡粉」は古くは貝殻を砕き作っていた白い粉で、そこに糊を混ぜ込み生地に定着させるもの。日本画や寺社建築などでも“白”を表現するのに使われてきた、柔らかく優しい色合いになります。

白以外の色彩は、布の繊維そのものに色を染み込ませる「染料」という別の特性を持つ材料です。油絵のように表面に定着させる顔料と、水彩画のように染み込む染料。この相反する2つの特性を、一枚の布の上で共存させる「胡粉ぼかし」という技法によって、雲の立体感が作られています。
「友禅をはじめて40年近く経ちますが、胡粉は本当に扱いが難しい素材ですし、水と油のような2つの素材を綺麗にぼかすのは大変な仕事です。でも友禅の世界で“胡粉の白”は特別なもの。雲の着物は胡粉を使えるので、友禅の良さを最大限発揮できると思いました」

描いている途中も、気温や湿度の影響で時間が経つと染料の濃度が違ってくるため常に微調整が必要になります。また色を挿し終えた後も、完成までは気を抜けません。染料を糸に定着させるための蒸しの工程を経て、水洗いを終えるまで、理想通りの色が現れるのか誰にも分からないのです。
「完璧な仕上がりというのは、なかなかありません。なにかが起きるのが手仕事。だからこそ、職人本人は完璧だと思えることはほとんどない。そんな仕事でもあります」
はじまりは、ミラノで目にした手描友禅の衝撃

こうして誕生したレナクナッタの着物コレクション。しかし本当のはじまりは、実は10年以上前、ふたりがSNSで偶然出会ったところまで遡ります。まだ大河内はレナクナッタも立ち上げておらずイタリア・ミラノに在住していた頃で、直接会うこともなくなんとなく知っている存在でした。
その後、細井さんがミラノサローネに出展するという話を耳にし足を運びます。そこで目にしたのは、色とりどりの染料を丸く配置した布から作られた作品たち。ポップな水玉模様のようにみえるこの布は作品作りの際、色合わせのために白生地に染料を落として試し書きしたものだそう。

制作過程でできる生地をためておき、蝶ネクタイなどの作品として展示していた
「職人によって形はさまざま。四角く配置する人もいて、それぞれが見やすい形にしていくんです。狙って作ったものではありませんが、こうして見ると美しいし、職人の現場の様子も伝わるのではと思い制作しました」
ポップで可愛らしい柄が日本の伝統技術の中で生まれた副産物という新鮮さ。そして、ミラノという意外な場所。 細井さんの作品をはじめて直接目にした大河内にとって、この体験は手描友禅との衝撃的な出会いとして、強く刻み込まれました。
その後、大河内は京都に移り住み、細井さんの工房を訪ねるようになります。デザインから手掛ける細井さんの技術を目の当たりにするたびに、大河内は受け継がれてきた手描友禅の美しさと、細井さんのセンスに魅了されていきます。
やがてレナクナッタを立ち上げ、京都の街に根付く分業の文化や、さまざまな伝統工芸の現場で目にする技術の素晴らしさ、職人さんの思いを知り深めていくなかで、大河内の中に「着物で勝負したい」という思いが芽生えていきました。
着物をやるなら手描友禅で、細井さんと着物を作りたい───。
他にも多くの手段や技術がある中で、大河内は特に繊細で難易度の高い手描友禅を選びます。そこには、ミラノではじめて手描友禅と出会ったときから忘れないあの美しさと、細井さんへの強い信頼がありました。
人が纏って、はじめて完成する工芸「着物」

ミラノでの意外な出会いから続いた縁が実を結んだ、レナクナッタの着物コレクション。しかしインクジェットプリントが台頭する現代の着物業界で、ここまで職人の技術を活かした着物はめずらしいと言います。
「職人の数も着物の生産量もものすごく減っている中で、これだけしっかりと手描友禅の着物を作れたこと自体がすごいことです。京都でも、手数をかけて作るほんまのいいものは、作られなくなっていますから」
一枚の着物が出来上がるまでには、手描友禅のほかにも織り、金彩、仕立てなど多くの工程が必要になります。さらには、手描友禅の中にも、細井さんのほかに蒸しの工程をする方が入ったり、染めの職人さんとのやりとりがあったりと、私たちの想像を超えるほど多くの職人さんがバトンをつないでいきます。

「それぞれの工程をこれだけ細かく分けて専門の職人が担う分業制は、規模が大きい京都ならではの特徴です。横のつながりもあるので、誰かに相談すれば必ず道が開けます」
実際、この着物の繊細なグラデーションを表現する「引染め」を担っていただいた高山染巧さんは、細井さんの紹介でつながることができました。胡粉の白を活かした清廉な雲とおなじく、空のうつろいをあらわす染めの工程は、着物の印象を左右する重要な工程です。

希少な存在となりつつある手描友禅の着物。生産数が減れば職人の数は減り、職人がいなくなれば当然、その技術は途絶えてしまいます。そんな状況を細井さんはどう捉えているのか、問いかけてみると意外にも明るい口調でこんな答えが返ってきました。
「悲観的には考えていないんです。今の時代どの仕事も大変で、工芸の世界だけが特別ではない。でも生き残っているところには必ず理由があるはずで、そういう存在になれるかどうか、ただそれだけだと思っています」
友禅の技術を残し未来につないでいくため、細井さんは人との関わりを大切にしていると言います。
「どんな仕事でも、自分ひとりでは生き残れないと思っています。環境や、一緒に仕事をしてくれる人との関わりによって進歩していくはず。それは、職人の視点だけではいけないと思っています。今回の着物もそうですが、コラボレーションをしていて面白いと感じられることを大切にしています」

現代における着物の可能性を広げたい、そんな思いで作られた着物コレクション。最後に、細井さんが思う着物の魅力を聞いてみました。
「生地の状態では平面ですが、それが着物として完成し、身に纏うと立体になる。そうすると、違う表情を見せてくれるのが本当に面白いんです。帯と小物の組み合わせ次第でも印象は全然変わるし、着物の醍醐味だと思います」
数多くの職人さんの技術が積み重なった着物。本当に完成する瞬間は、誰かがその着物を気に入り、迎えて、纏ったその瞬間なのです。「そんな楽しみ方ができる工芸は、着物だけなのでは」と、細井さんは付け加えてくれました。
ミラノでの手描友禅との出会いから10年、細井さんをはじめとした多くの職人さんと交流をする中で大河内が「着物を作りたい」と強く思ったのは、そんな着物に魅了された人たちに、影響されたからなのかもしれません。
そして今回の着物製作を経て、職人たちの技術やクリエイティビティを最大限に発揮できるのは、やはり本業である「和装」だと改めて実感しました。ただし、これまで取り組んできた現代のライフスタイルに合わせたアイテムの展開も大切にしながら、レナクナッタとして文化への挑戦を続けていきたいコレクションです。
人生に寄り添い、一生着られる着物コレクション。ぜひあなたの手で完成させ、人生の節目ごとに纏っていただけたら、こんなに嬉しいことはありません。
取材・執筆・編集:吉田 恵理
撮影:小黒 恵太朗(インタビュー撮影)、渋谷 美鈴(商品撮影)