「発想の転換」が工芸にもたらすものとは? | サカイタカヒロ×大河内 愛加 対談

renacnatta(レナクナッタ)代表、大河内 愛加が伝統工芸・伝統文化を未来へ繋げる方々と対談を繰り広げる本企画。
今回のテーマは「発想の転換が工芸にもたらすものとは?」。対談相手は、西陣織織元・リニスタグループ代表のサカイタカヒロさんです。サカイさんは、西陣織を「布」という形にとどめず、さまざまなアイデアを生み出してきました。おなじくレナクナッタも多様なアイデアで伝統工芸の新しい価値に光を当ててきました。
そしてこの秋、サカイさんと大河内は、西陣織の製造工程で生まれる成分「セリシン」を活用したスキンケアブランド、Sericy(セリシー)を共同で立ち上げました。

西陣織の副産物に新たな価値を見いだしたアイテムはどのようにして生まれたのでしょうか、そしてふたりはSericyを通してどんな未来を描くのでしょうか。織元として現場を熟知する立場と、外の視点から伝統文化に関わってきた立場。異なる視点を持つふたりが、工芸の未来について語りました。

サカイタカヒロさん
西陣織リニスタグループ代表。家業である西陣織織元を継承しつつ、広幅生地の開発をはじめ、ホテルや企業とのコラボレーションなどBtoB事業も展開。2014年より自社ブランド「リニスタ」を立ち上げ、ビジョン「西陣織を世界に広める」と理念「西陣織が彩る日常の創造」のもと、日常使いできるアイテム作りにも取り組んでいる。 (@hrto_takahiro)

Sericy
西陣織の製造工程で生まれる成分「セリシン」を活用したスキンケアブランド。555年もの間、織物づくりの現場では洗い流され、使われることのなかったこの成分に新たな価値を見いだし、西陣織の織元であるサカイタカヒロと、伝統工芸を扱うアパレルブランド・renacnatta代表の大河内愛加が共同で立ち上げたブランド。ブランド名には、素材である Sericin(セリシン)と、循環を意味する Cycle(サイクル)の思いを込めている。(@sericy_official)
「発想の転換」にたどり着くプロセスを紐解いて見えたもの

大河内:サカイさんとはレナクナッタで西陣織アイテムをたくさん作ってきましたが、この秋にSericyを一緒に立ち上げて、共同代表という新しい関係性になりました。今日は「“発想の転換”が工芸にもたらすもの」というテーマで、お話しできればと思っています。私たちそれぞれが、伝統工芸に対して新しいアプローチを試みてきましたが、サカイさんから見て、レナクナッタの取り組みで印象的なものはありますか?
サカイさん(以下敬称略):西陣織の帯に使われる焼箔を使った「Yakihaku Art Panel」は、まさに今回のテーマでもある“発想の転換”だなと思いました。

サカイ:うちも織物で箔を使いますが、基本、僕らは糸としてしか箔を見ていなくて。箔そのものをパネルにするという発想はありませんでした。(※)
※焼箔は和紙の上に漆を用いて銀箔を纏わせ、その銀の無地箔を硫化で変色させたもの。侘びた味わいを引き出すための古くから伝わる技法です。出来上がった焼箔をさらに0.3ミリほどの糸状に切り、西陣織の帯に織り込まれていくのが本来の使われ方です。
大河内:西陣織では、引き箔って脇役ですもんね。
サカイ:そう。すべて糸として織り込むものなので。箔だけをパネルにするのは、外から見ているからこその視点ですよね。僕らがやるとしたら、きっと引き箔を織った生地をパネルにする発想になると思います。
大河内:まさに西陣織の中で“縁の下の力持ち”である引き箔を主役にしたかったので、それを見てもらえていたのは嬉しいです。私は、サカイさんからSericyのアイデアを聞いたときに、すごく“発想の転換”だと思いました。布として展開することはやってきたけど、成分にまで着目するのは、まったく違う次元の発想で。布製品は着る人が限られるけど、スキンケアは老若男女誰でも使える。西陣織を知ってもらうきっかけとして、非常に大きな一歩になると思います。
サカイ:これまで西陣織に興味がなかった方にも届けられる。日々使うものになることで、いろんな人にアプローチできると思っています。実は僕の中では“発想の転換”という認識はあまりなかったんです。ずっと考えている中のひとつとして、たまたま成分に行き着いたという感じです。
大河内:そうなんですね。Sericyがどういう思考を経てたどり着いたのか気になります。
サカイ:僕、もともと考えることが好きで。特に「そもそも」を考えるのが好きなんです。世の中にいろんな事例がある中で、それを西陣織でやったらどうなるか、なんてこともよく考えます。セリシンという成分はもともと知っていたけど、使える素材という目線では見ていなかった。でもいろんな事例を見たときに「こうやったら使えるかも」と思えた瞬間があったんです。
大河内:私も“発想の転換”について考えたとき、近いことを思いました。私の中ではすべてのものに「軸」があって、そのまわりにいろんな可能性がくるくるとまわっているイメージがあるんです。その可能性が軸とぴたっと重なり合った瞬間に、新しい価値や循環が生まれる。つまり“発想の転換”って軸を失わずに選択肢を巡らせて、その組み合わせから新しい未来をつくることかなと。サカイさんは家業という軸もあるし、セリシンも元からあったものを活用するから、軸と新しい視点がぴったりはまっていますよね。
サカイ:当たり前を見直して、考えをめぐらせ続けていたら、たまたま面白いことに出会えましたね。

大河内:あと、私とサカイさんって、考え方のプロセスが違うなと思っていて。私は結構、感覚的に生きているんですよ。ふっと心惹かれた美しさを手がかりに、そこからアイテムの方向性をつくっていくような感覚があります。
サカイ:僕は逆に、センスについても論理的に考えるタイプです。「なんでこれがこうなんだろう」「これがこうだからセンスがある」みたいに積み重ねていく。「なんでこの傘は骨が8本なんだろう」とか、あらゆることを考えてしまいますね。だから僕は「なんであいかさんはこうするんだろう」とかを考えて生きています。
大河内:私が感覚でポンっと出しているものを、サカイさんが分析しているんですね(笑)。お互いが補完し合う、そのバランスがSericyはいいのかもしれないです。
西陣織の「邪魔者」が、スキンケアになるまで

大河内:Sericyが今回着目した成分・セリシンは、本来は繭を保護する役割を持つ天然の成分です。その成分は、実は豊富なアミノ酸を含んでいて、人の肌になじみやすい。水仕事を繰り返す精練の職人さんたちの手肌が美しいことに着目して、スキンケア商品にまで発展しました。そもそも、サカイさんがセリシンという成分に行き着いたきっかけは何だったんですか?
サカイ:リニスタグループは「西陣織を世界に広める」ビジョンと「西陣織が彩る日常の創造」という理念を掲げて2014年頃から、ずっと「どうやって西陣織を日常に落とし込むか」を考えてきました。お皿に使えないか、時計の文字盤に使えないか、と試行錯誤してきた中で「生地」という枠組みを取り払って、視点を広げました。製造工程の全てが西陣織を作る上での有形無形の資源だと考え、自分の携わる以外の工程や原料も見つめ直したときに成分に行き着いたんです。

大河内:西陣織も含めて、伝統工芸の世界は分業制で、意外と全体を俯瞰して見ることは難しいと思います。その中で織元の方がセリシンに着目するって、すごいことですよね。
サカイ:そうですね、セリシンを取る精練工程というは僕らは触れない部分で、染屋さんがやってくれる工程です。しかも、セリシンってどちらかというと邪魔者なんですよ。織る工程では邪魔であることが多いので、洗って落としていく。そういう感覚でいると、織物としてセリシンを使おうとはならないと思います。セリシンを含んだ生糸を使って何か織る…とかならありえそうですが、セリシンそのものを抽出して使うなんてアイデアは、我ながらよく思いついたなと思います(笑)。視点を変えて「当たり前」を見直せた結果、運よくたどり着くことができました。
大河内:そう考えると、織元の立場から「邪魔者」だったセリシンを拾い上げたことは、価値の見方を変える一歩だったのだと思います。555年もの間、西陣織の現場では洗い流されて使われることのなかった成分に、新たな価値を見いだせたのは大きいことだと思います。
布を超えて広がる世界。理解を得ながら、未来を切りひらく

大河内:これからSericyは、布以外の新たな形で西陣織の価値を広げていくことになると思います。Sericyの活動を通して、サカイさんは西陣織のどんな未来を描いていますか?
サカイ:Sericyは、生地という役割と違うところで、西陣織が人の生活に馴染むものになっていくことが大事だと思っています。たとえば大豆のおからも、食品、動物の餌、肥料、化粧品、バイオマスプラスチックといろんなものに使われています。西陣織にも近いことができるんじゃないか。もし実現したら、生地としての西陣織の価値ももっと上がると思うんです。

大河内:西陣織の歴史を見ても、これまでもいろんな転機があったと思うんです。絹だけでなくポリエステルでも織ることで用途を広げるとか、織り幅を広くすることで洋服や家具に使ってもらうとか。今回の挑戦はかなり斬新でもあるので、同じ業界の方から厳しい目を向けられることもあるかもしれないけど、数年、数十年後に今を振り返ったときに「西陣織の、いい意味での転機のひとつ」になっているといいですね。
サカイ:僕は、新しいチャレンジをするときに「理由を説明できること」を大切にしています。人は「わからない」と「嫌い」の気持ちがすごく近いらしいんですよ。わからないから怖いし、嫌な感情になる。だから、なるべく「わからない」をなくす努力をする。なんでこれをやっているのかをちゃんと伝えていくことが、多くの人に新しいチャレンジを理解して受け入れてもらう近道だと思うんです。もちろん、本業である「帯を製造して販売すること」をサボらずちゃんとやることを大切にした上での積み重ねだと思っています。
大河内:私はレナクナッタの活動を通して、お客さんへ商品の背景をしっかり説明するということには力を入れていますが、サカイさんは同業者のみなさんへの説明も大事にされているんですね。
サカイ:そうですね。「なぜやっているのか」を分かってもらって、ひとりで儲けたり不正をしているわけではないことがきちんと伝わるよう心がけています。もともと「自分のためにやることが、まわりの人のためになるようにしたい」という思いもあるので、自然とそういう形になっているのかもしれません。

大河内:私たち、Sericyで独り勝ちしたいわけじゃないですもんね。西陣織の認知度を広めて、身近に感じてもらう。それでまわりの事業者の方にもいい影響が出たら、大きく循環できる。
サカイ:うちが最初の接点だとしても、そこから西陣織を調べて「こんな柄があるの」「こんな色が好き」と、西陣織全体のファンが増えたらいいですよね。そのためにも僕らとしてできることはしっかりお話しして、情報を明確にしておくことが大事だと思います。
このSericyも、いろんなアイテムになって、西陣織を日常で使ってもらって。きちんとした収益が生まれれば、産業にもつながっていきます。リップクリームとか、フレグランスとか、いろいろ考えています。
大河内:異なる視点を持つ私たちだからこそ、これからも西陣織の新しい可能性を切りひらいていけるといいですね。
Sericyのクラウドファンディングは、2026年1月30日(金)までMakuakeにて実施中です。
「使う」が伝統をつなぐ。西陣織から生まれたアップサイクルコスメ「Sericy」
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